視察・学習報告

岡田喜篤地方分権と障害者自立支援法(2)

岡田喜篤 川崎医療福祉大学学長

(講演メモ)

 新障害者基本計画が平成14年12月にできた。基本理念で北欧社会を目指しているのは明らか。相互に尊重し支え合う共生社会が新基本計画の横断的視点である。
 障碍の特性を踏まえた施策の展開が謳われている。翌年グランドデザインが発表されたサービスを一元化する自立支援法はこれと矛盾する。
 支援費制度の中核的理念は、自己選択・自己決定、行政処分から利用契約制度へ、行政の責任は市町村へ、サービス提供主体を多様へ、そして市場原理・競争原理の導入。
 20兆円は個人へ渡る金、企業が狙っている。医療、福祉、教育は市場原理に任せてはいけない。
 支援費制度が破綻したのは知的障碍者の数を読み誤ったからである。世界にも類をみない仕組みになっており、近年の障害者福祉政策とは矛盾している。
 主体的に生きることが自立。何かをさせることではない。障害者基本法から6条が削除された。自立の概念の誤りを正す改正だった。自立は就労ではない、自分の生活は自分で決めること、自らが主体的に生きることである。
 せっかく誤りを正したのに、翌年の自立支援法で回復させてしまった。この間柳沢厚労大臣が「自立は就労だ」と発言した。官僚が書いたものを読んだだけだが、組織的な誤りだと言わざるを得ない。
 自立支援法には自己選択・自己決定という言葉がない。我が国の財政事情が苦しいのは間違いない。政府発表は05年800兆円だが実際は1200兆円あるだろう。これに対し家計総資産1433兆円。借金が資産を食いつぶしている。
 財務省が打ち出したのは増税と福祉減らし。これは仕方がない面もある。しかし、福祉を減らし、増税をすると経済が萎縮することも考えなくてはならない。
 自立支援法案の立案者たちはエリート官僚。自分たちだけの独善的論理で押し切った法案である。何も知らない人が法律を作ったとしか言えない。歴史を知らない。障碍者の実態を知らない。作り上げてきた人間観を知らない。自立の概念を知らない。社会モデルについての認識がない。将来の基本方針がない。そして資料の間違い、通俗思想に目を奪われている。
 地域生活という言葉は専門用語。普通の人は使わない。施設が前提にあるから地域生活という言葉が出てくる。「地域」とはきわめて多義的な言葉。福祉で取り上げる「地域」の定義を問わないままに障碍者は「地域生活」だけを強要されている

 三重苦の先生として有名な福島智氏の指摘。応益負担は、無実の罪で収監されている人に保釈金を払えというに等しい、それでも応益負担を求めるならば所得保障が前提になる。
 健常者だけが安心安全が受けられるのか、福祉はすべての国民に安心安全を提供することなのではないか。この福島氏の指摘を社会保障審議会は完全に無視した
 今では障碍は個性であるという認識は広く受容されている。そして同一の障碍者同士は共通の文化を共有している。
 知的障碍者の調査は事実上無理。統計上先進諸国は人口の1.5~2.5%が障碍者。知的障害の人が長生きできるのは日本であり、障碍者の比率が高いはずである。つまり実数は320万人に近い方だろう。
 オランダが人口比に対する施設入所者の割合が高く千人あたり2を越えている。日本は1未満。実態調査の値を厚労省はまだ発表していない。なぜだろうか。
 身体障碍者の7割は60才以上。これからの障害者福祉はどうなるか。かなりの財源投入と人員配置を行われなければ実現できないので、今の政策では破綻の危険がある。施設回帰論が到来する可能性がある。このままでは法の目指した方向に反する結果になる恐れがある。

 どうしたらよいか。ここに来場された施設の職員の方が事例を詳しく把握し、公表すること、関係者が共同して新しいケースにあたり、その記録をつけ発表すること。費用負担の厳しい実態は無視できないが、本質的に迫る努力を忘れないで欲しい。法はどんな法でも守らなくてはならない、守らなくて困るのは当事者である。


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