都道府県選挙管理委員会連合会発行の「選挙」(2008年11月号)の巻頭論文に、東京工業大学の田中善一郎教授による「マニフェストとマンデート」というすばらしい論文が掲載されています。以下、かなり長くなりますが一部引用の上、ご紹介させていただきます。


(前略)


『マニフェストを「政権公約」と呼ぶことからもわかるように、マニフェスト論者は、選挙において国民に約束をし、多数を得た政党はその「政権公約」について有権者の支持を受けたのであるから、次の国会でそれを実施する権利と義務が生じると考える。こうした考え方を学問の世界では「マンデート(mandate)」という。マンデートとは「選挙における勝利が、買った政党や政党連合によって、これによって特定の政策を追求することの機能を付与されたと解釈される」こととされる。この考え方によると、「このプログラム[マニフェスト]によって、政権をとった政党はそれを実現するよう国民から委託される。すなわち、そうする権利と義務が生まれる」ことになる。そうなると、国会はどうなるかといえば、国会では多数をとった与党は、国民多数が支持したマニフェストの政策を盛った法律案をひたすら通すべきであり、反対に、野党のマニフェストは国民から拒否されたのであるから、野党は自らの政策を国会で主張する正当性はなくなる。すなわち、討論の基づく議会制民主政治は意味がなくならざるをえない。』


(中略)


『日本では衆議院も参議院も国民の直接選挙で選ばれるから、政党がいずれの選挙も「政権公約」を掲げて戦えば、どちらの選挙も国民のマンデートが生じることになる。ということは衆議院選挙での多数党も参議院選挙の多数党もいずれも国民からマンデートを与えられることになるから、衆議院と参議院とで多数党が異なるとマンデートをともに実現することができなくなる。』


(中略)


『仮に直近の選挙が参議院であるとき、まず、参議院は半数改選であるから、その半数に対するマンデートをもって国会への国民のマンデートとみなすことができるのかという問題が生じる。さらに、この考え方では、古い「政権公約」で選ばれた衆議院議員や参議院の半分の非改選議員の位置づけが不透明となる。直近の選挙の「政権公約」がマンデートとなるのであるならば、これらの議員はいかなる理由でいま議席を占めているのであろうか。』


(中略)


『いま手元にある「明るい選挙推進協会」の2005年の総選挙直後の世論調査をみると、「参考になったかどうかは別として、今回の選挙で、あなたが直接見たり、聞いたりしたものが、この中にありましたら、全部おっしゃってください」という質問に対して、「政党のマニフェスト」を挙げた有権者は14%であった。』(中略)『また、「今回の選挙で、あなたが役に立ったものがこの中にありましたら、全部おっしゃってください」という質問があり、これに対して「政党のマニフェスト」を挙げた有権者はわずかに7%に過ぎない。』(中略)『仮にマニフェストが「役に立ったもの」と答えた7%の半分がそれに基づいて投票したとした場合、有権者のわずか3.5%しかマニフェストに基づいて投票していない。しかも、多数党はそのほぼ半分の支持を得たと仮定すると、多数党のマニフェストは国民の1.75%の支持しか得ていないことになる。このような状況で政権党がみずからは選挙で勝利したからみずからのマニフェストを実行するのが権利であり、義務であると考え、残りの98%の有権者にみずからの政策を強制することは正しいことであろうか。答えは明らかである。』(中略)『本家の英国では実際には、有権者にほとんど読まれていない。』


(中略)


『マニフェストは、北川によれば、「体系的だった政策の期限、財源、数値を工程表付きで示し、選挙後、進捗率の事後検証ができる選挙公約」とされる(北川正恭「2006年日本選挙学会ペーパー・マニフェスト選挙と日本の政治改革」、1頁。)そうなると政党の公約はとてもA4一枚には収まらない。イギリスでは100ページぐらいである。日本の2005年の総選挙では、自民党は「120の約束」というタイトルでA4換算で33ページ、民主党は36ページだった(上神貴佳「選挙支援ツールと政策中心の選挙の実現」、「選挙学会紀要」6号、58頁)。マニフェスト論者によれば、有権者は平均35ページのマニフェストを自民党と民主党と公明党と共産党と、それぞれの選挙に登場する政党についてまず読まなければならない。そうしなければどの政党のマニフェストが適切なものなのかは判断できないからである。それにしても自民党から共産党までにしても、200ページも有権者が読むなどということはありうるであろうか。マニフェスト論者の前提がいかにあやふやなものであるかは明らかである。』


(中略)


『国民の多数によって支持されたのかも実は定かではないことはすでに記した。「マニフェスト」はあくまでも参考資料にしか過ぎない。それをも含めて、国民や野党の考えも考慮に入れて、国にとって最善の政策を考え、実現する。これが代議制民主政治であり、そのために議会があるのである。』


あえて長く引用させていただきましたが、この田中教授の論文には私が常日頃考えていることが100%主張されており、心強く思った次第です。日本の選挙戦におけるマニフェストの実態は田中先生がおっしゃっている通りだと思います。



※この記事は 「選挙プランナー 三浦博史の選挙戦最新事情(http://www.election.ne.jp/planner/62439.html)」 と重複しています。ご了承下さい。

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